姉から、あるゲームを勧められた。
ランダムに生まれ、選択を重ねながら、一度きりの人生を生きていく人生シミュレーションゲームだ。
その名も「80億分の1」。
公式サイトはこちら。
https://1in8b.life/ja/
生まれる国も、家庭環境も、自分では選べない。
その人生の中で、勉強するのか、働くのか、結婚するのか、海外に行くのか。目の前に現れる選択肢を選びながら、人生を進めていく。
なかなか面白そうではないか。
というわけで、さっそくプレイしてみた。
私が今回体験したのは、フィリピンのミンダナオ島の農村に生まれた男の子、Christianさんの人生。
彼がどんな人生を送ったのか。
笑ったり、驚いたり、感心したりしながら、最期まで見届けた。
いやあ……すごい人生だった。
1.天寿
まず、最初に言わせてほしい。
Christianさん、長生きしすぎです!
ゲームの記録には、こう書かれていた。
「同じ年にフィリピンで生まれた男の子のうち、約0.03%があなたより長く生きます。フィリピンの男性の平均寿命66.5歳より、27.5年長く生きました。」
94歳。
大往生にも程がある。
しかも、このゲームの記録によると、人生の最期を見送ってくれたのは、子ども2人、孫4人、ひ孫5人。
子ども2人。
孫4人。
ひ孫5人。
子ども、孫、ひ孫。合計11人!
「家族に見守られながら穏やかな最期を迎えました」とあるが、4世代にわたる家族に見送られているのである。
すごい。すごすぎる。
……ALS患者の私が「長生きっていいね!」と語るのは、少々滑稽に聞こえるかもしれない。
でも、単純に「良かったね」と思った。
94年間を生きて、子どもを育て、孫が生まれ、ひ孫まで誕生する。
それだけ長く人生を歩んだからこそ見られた景色が、きっとたくさんあったのだろう。
ゲームなのに、最後まで見届けると、なんだか感慨深い。
2.リアル。人生って、こういうところがあるよね。
このゲームを遊んでいて感心したのは、人生のイベントそのものよりも、年齢とともに変わっていく選択肢や、少しずつ変化する生活のリアルさだった。
子どもの頃は、好きなことをやっていればよかった
Christianさんは幼い頃、学校に通い、友達と遊び、歌や楽器演奏に夢中になった。
少し勉強すれば知識のパラメータが上がる。
好きなことを習い、友達と遊び、家族と過ごす。
健康について細かく考えなくても、日常はそれなりに回っていく。
子どもの頃って、そういうところがあるよね。
もちろん、Christianさんの人生には、先生から体罰を受けるというつらい出来事もあった。
決して何もかも順調だったわけではない。
それでも、少しずつ世界が広がり、知識が増え、好きなことが見つかり、友達ができていく。
人生の最初の方には、まだまだいろいろな可能性がある。
大人になったら、健康管理の重要性を思い知らされる
やがて大人になると、そう簡単にはいかなくなる。
18歳で友達とタバコを吸い始めたChristianさん。
最初は遊びのつもりだったのだろう。
ところが、それが習慣になってしまった。
55歳で禁煙に挑戦するも失敗。
67歳でも再挑戦するが、また失敗。
そして、ついに74歳で禁煙に成功!
18歳で始めたタバコをやめるまで、実に56年。
禁煙チャレンジ、半世紀超え。
しかも、途中で2回も失敗しているところが妙にリアルだ。
「健康に気をつけなければ」と思っても、長年の習慣を変えるのは難しい。
Christianさんは自転車を買って移動に使い、45歳と69歳では椎間板ヘルニアを経験。46歳では高血圧と診断され、薬を飲みながら食生活や運動習慣を見直した。
そして晩年には、胃がんを早期発見して治療を受けることになる。
自転車に至っては、買っても盗まれるという悲劇まで起きる。
67歳で盗まれ、買い直す。
73歳でも盗まれ、また買い直す。
自転車泥棒、もう勘弁してやってくれ(笑)。
そんな日常の出来事まで含めて、人生は一筋縄ではいかない。
年齢を重ねると、選べることが変わっていく
もうひとつ、リアルだと感じたのが、年齢による選択肢の変化だ。
若いうちは、転職する、引っ越す、新しい仕事に挑戦する、といった選択を比較的自由に考えられる。
でも、年齢を重ね、家族が増え、生活に責任を持つようになると、話は変わってくる。
自分ひとりなら、収入が下がっても夢を追いかけられるかもしれない。
しかし、妻や子どもがいて、毎月の生活費や学費が必要となれば、そう簡単にはいかない。
より良い仕事を探しても見つからない。
引っ越したくても、費用がかかる。
新しいことを始めたくても、失敗したときのリスクが大きい。
年を取れば取るほど、選べる道そのものが少しずつ変わっていく。
このあたりが、本当にリアルだった。
人生は、いつでも好きな方向へ自由に進路変更できるわけではない。
自分の希望だけでなく、家族の生活も背負っているからだ。
そういう現実が、ゲームの選択肢の変化からも伝わってくる。
3.人生、一筋縄ではいかぬ。
Christianさんだけでないが、人生には特徴がある。
不幸が重なるときは、とことん重なる。
21歳。
Christianさんは、一大決心をしてフィリピンからサウジアラビアへ旅立つ。
新しい国で、新しい仕事に就き、人生を変えようとしたのだ。
ところが、海外へ渡るためのお金は借金。
最初から、なかなかハードなスタートである。
そして、サウジアラビアに到着した後も、苦難は続く。
言葉がうまく伝わらない。
不況で仕事が減る。
勤めていた店が閉店する。
収入が不安定になり、借金が膨らむ。
さらに、ずっと心に抱いていた夢の仕事、音楽家にも挑戦したが、うまくいかなかった。
ひとつ解決したと思ったら、次の問題がやってくる。
せっかく海外に出たのに、借金は増える。
仕事を失い、夢にも届かない。
ゲームを進めながら、思わず「Christianさん、頑張れ!」と応援したくなった。
でも、人生は悪いことばかりでもなかった。
人生を支えるのは、思いがけない人の優しさ
長いあいだ返せずにいた借金。
そのうち74万円分を、親戚やお金を貸してくれた人たちが帳消しにしてくれた。
いや、これは本当にありがたい。
ほかにも、生活が苦しいことを知った近所の人たちが、お米やお金を集めてくれた。
つらいときに、友人が何も言わず訪ねてきて、ご飯をごちそうしてくれた。
仕事が見つからずに苦労していた時期も、Christianさんの周囲には、助けてくれる人がいた。
これがいいんだよなあ。
人生は、自分の努力だけで何とかなるものではない。
運もある。
生まれた環境もある。
そして、周囲の人の助けがある。
ゲームの中であっても、そんなことを改めて考えさせられた。
子どもたちは大学を中退。でも、最後は受け入れた
Christianさんには、娘のRowenaと息子のJohnがいる。
二人とも大学に進学した。
学費を工面し、子どもたちの将来を考え、できる限りの支援をする。
ところが、二人とも大学を中退して、別の道を探すことになった。
そのときのChristianさん
「長いこと引き止めましたが、結局あの子の人生なのだと受け入れました。」
親としては、
せっかく大学に入ったのに。
学費だって安くない。
何とか卒業してほしい。
そう思うのは当然だろう。
でも、最後には「この子の人生なのだ」と受け入れた。
親ができることには限界がある。
子どもの人生を、親が代わりに生きることはできない。
心配して、助言して、ときには引き止める。
でも、最後には本人の選択を受け入れる。
これって、簡単なようで、すごく難しいことだと思う。
そして、その後の人生で、娘も息子も家庭を持ち、子どもを育てていく。
大学を卒業することだけが、人生の成功ではない。
そんなことを、Christianさんの人生が教えてくれたような気がした。
結局、娘は客室乗務員として働き、息子は工場で働き始めた。2人とも初任給でプレゼントを贈ってくれ、老後は援助もしてくれる親孝行っぷりを見せてくれました。
4.その手を離さない。
さて、ここからは、私が一番好きな話である。
Christianさんの妻、Lovelyさん。
……Lovely。
名前を見た瞬間、ちょっと笑ってしまった。
ラブリーさん。
もちろん、名前だけで人柄は分からない。
でも、この二人の人生を追いかけていくと、Lovelyという名前がだんだん似合って見えてくる。
Christianさんが26歳のとき、二人は結婚した。
当時のChristianさんは、借金を抱えていた。
海外へ渡ったものの仕事やお金で苦労し、決して安定した暮らしとは言えなかった。
それでも、Lovelyさんは彼と結婚した。
その後、二人は子どもを育て、生活の苦しさを乗り越え、何十年も一緒に人生を歩んでいく。
結婚10周年、20周年、30周年……。
ゲームには、二人が手書きの手紙を渡し合ったり、昔の結婚写真を眺めたり、旅行に出かけたりする場面が出てくる。
55歳のときには、久しぶりに付き合っていた頃のように手をつないで歩いた。
60歳になっても、二人で旅行に出かけた。(最後のつもりだった)
77歳になっても、二人で旅行に出かけた。(最後のつもりだった)
84歳になっても、二人で旅行に出かけた。(こんなに生きると思わなかった)
いやあ、すてきじゃないですか。
もちろん、ずっと順風満帆だったわけではない。
お金に苦労した。
仕事を失ったこともあった。
家族の問題や健康上の問題もあった。
それでも、何度も二人の時間が描かれる。
海外旅行はクウェート。でも、二人の時間はたくさんあった
Christianさんは21歳でサウジアラビアへ渡り、81歳でフィリピンに戻るまで、約60年をサウジアラビアで過ごした。
半世紀どころではない。
人生の大部分を、母国とは違う国で暮らしたのだ。
それはフィリピン人のLovelyさんも似たようなものだ。
記録に残る二人の海外旅行先は、お隣のクウェート。1か国だけだった。
あちこち旅行に出かけた華やかな人生ではなかったかもしれない。
でも、私にはそれが、かえって印象的だった。
どこへ行ったかより、誰と行ったか。
どれだけ豪華な旅行をしたかより、二人でどんな時間を過ごしたか。
ChristianさんとLovelyさんにとっては、きっと、久しぶりに二人で手をつないで歩く時間そのものが大切だったのだろう。
そして、もうひとつ。
ゲームの記録では、Lovelyさんが亡くなる最後の時点まで、二人の関係は「親しい関係」と示されていた。
これを愛と言わずして、何と言うのだろう。
妻を見送り、その後を追うように
Christianさんは、友人たちを見送った。
長男でありながら、きょうだいにも先立たれた。
このゲームでは、同じ1秒に生まれた4人も大まかな人生を見れるのだが、その4人ともChristianさんより先に亡くなっていった。
同じ瞬間にこの世界に生まれた、顔も知らない人たち。
それぞれ違う国で、違う人生を歩み、いつか先に旅立っていった。
Christianさん自身も、94歳になるまでに、たくさんの別れを経験した。
それでも生きた。
90歳を超えてからも、家族が集まり、友人との思い出を振り返り、近所の人を気にかけ、日々を過ごしていた。
そして94歳。
長年連れ添ったLovelyさんが、87歳で乳がんのため亡くなった。
Christianさんは、最期までそばで看病した。
その同年、Christianさん自身も、後を追うように94歳で肺がんのため生涯を閉じた。
……Christianさん。
男前すぎるだろ。
Lovelyさん。
Christianさん。
お二人とも、本当にお疲れさまでした。
遊んでみて思ったこと。「人生は、数字だけでは決まらない」
このゲームは、172か国の統計を使いながら、一人の人生を体験していく。
生まれる国や環境は選べない。
その後も、病気や失業、景気の悪化といった、自分ではどうにもできない出来事が起こる。
一方で、勉強を続けるか、どんな仕事に就くか、結婚するか、家族をどう支えるかといった選択は、自分で決めていく。
ゲーム内では、健康、幸福、知識、人間関係などのパラメータも変化していく。
でも、数値が高ければ、すべてがうまくいくわけではない。
逆に、数値が低くなったからといって、必ず不幸になるわけでもない。
Christianさんは、借金を抱え、仕事を失い、夢に挑戦して失敗した。
それでも、人に助けられ、子どもたちを育て、家庭を築き、晩年まで人とのつながりを大切にして生きた。
大学を中退した子どもたちも、それぞれ自分の道を歩んでいった。
長い人生には、思いどおりにならないことがたくさんある。
それでも、人生が失敗だったとは思わない。
人生は、何を手に入れたかだけではなく、誰と出会い、誰と過ごし、何を大切にしてきたかでも形づくられる。
Christianさんの人生を体験して、そんなことを感じた。
そして、このゲームを遊んでいて、もうひとつ思ったことがある。
生まれる国も、家庭環境も、身体の状態も、自分では選べない。
ALSになった私も、もちろんそうだ。
自分ではどうにもならないことがある。
努力だけでは乗り越えられないこともある。
それでも、その中で何を大切にし、誰と時間を過ごし、どんな選択をしていくのか。
すべてを思いどおりにできなくても、その人なりの人生がある。
ゲームだからこそ、普段なら体験できない人生を歩き、普段なら想像しない立場から物事を考えることができた。
自分とは違う国に生まれ、自分とは違う環境で暮らし、94歳まで生きたChristianさん。
彼の人生は、決して完璧ではなかった。
でも、最後には子どもが2人、孫が4人、ひ孫が5人。
そして、68年間連れ添ったLovelyさんがいた。
それだけで、何だかいい人生だったんじゃないかと思える。
もちろん、これは統計をもとに作られたシミュレーションで、現実の人生そのものを予言するものではない。
それでも、ゲームを終えたときに、自分の人生や、大切な人たちのことを少し考えたくなる。
そんなゲームだった。
姉よ、面白いゲームを教えてくれてありがとう。
皆さんも、興味があれば一度遊んでみてほしい。
80億分の1の人生。誰かの人生を最後まで見届けると、今、自分が生きている人生も、少し違って見えるかもしれません。

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