先に言っておきます。今回は病気の話というより、「ヤツ」の話です。ALS患者にとってかなりの強敵だと、身をもって知りました。
開戦
じっとしていると、耳のすぐそばで聞こえました。
「プーン」
(心の声:来た。来てしまった。)
指揮者として言わせてもらうと、腹が立つほど安定したピッチです。ただ不快すぎる。人類みんなに遺伝子レベルで刻みこまれている警戒音。
「プーン」(右から聞こえる)
「旋回しているな……」
「プーン」(左へ移動)
「おい、今どこだ」
「プーン」(消えた)
「……消えた? 帰ったか? 帰ったんだな?」
腕に、いました。
「降りたな。今、降りたな!? そこは私の腕だぞ!」
見えてしまうのが問題です。ちいさな口がすっと刺さり、お腹がみるみる赤く膨らんでいくのが、全部見えます。
感覚だけ超優秀なはたらく細胞が叫んでいます。「侵入者です! 侵入者です!」。しかし肝心の筋肉まで指令が全然届きません。
なけなしの筋肉で精一杯動かしてみますが離れる気配がありません。自分の血液が、目の前で少しずつ持ち去られていく。
こんなに無力な献血、ほかにあるだろうか。しかも、こちらの意思とは一切関係ない。
予約もしていない。
問診もない。
お礼の粗品もない。
なんなら、後払いでかゆみまで請求される。
ひどいサービスである。
かゆみ、連載開始
【0分】 何も起きません。「あれ? 夢だった?」と淡い期待。
【2分】 ほんのり違和感。「気のせい、気のせい」
【5分】 かゆい。
【10分】 かゆい。かゆい。
【15分】 か ゆ い (脳内がかゆみ一色)
かゆみは、掻いて初めて完結する物語です。それが、掻けない。
見開きページの直前で「作者取材のため、今号は休載します」とお預け食らってる状態。そのまま、かゆみだけが毎週更新されていきます。しかも病気になってから、痛みもかゆみもむしろ敏感になった気がします。気のせいか、蚊のせいか。
娘たち、出動
そこへ、娘たちが通りかかりました。これで助かる。家族の誰かが蚊を仕留めてくれれば、この戦いは終わるのだ。うめき声で「蚊…蚊…」と伝えます。
長女「どこどこ?」
次女「わたしがやっつける!」
バチーン!!
空振りです。風圧だけがこちらに届きました。蚊は悠々と飛び上がります。
「プーン」(この音は絶対に笑っている)
「そっち行った!」
「どこ!?」
「あっち!」
「そっちじゃない! ととの頭の上!」
バチーン!!
今度は当たりました。私の顔に。
蚊より私のほうが、命中率が高いようです。エイムを磨こう。
最後の切り札
「どいて」
妻の一言で、空気が変わりました。娘たちの蚊退治は遊びですが、妻のは仕事です。
数秒後。
パチン。
静寂が訪れました。妻が手を開くと、つぶれた蚊と、真っ赤な血。
誰の血か。
私の血。長女の血。次女の血。たぶん妻の血も。
家族全員分のカクテルです。
気がつけば、みんなどこかを掻いていました。長女はふくらはぎ、次女はおでこ、妻は首。
私だけが、掻けません。
蚊に刺されて学んだこと
ひとつ、私は蚊に対して完全に無力です。
ふたつ、無力でも、家族が全力で戦ってくれます(空振りですが)。
みっつ、蚊取り線香を買い足そう。
おすすめの蚊対策があれば、ぜひコメントで教えてください。ただし私は自分で叩けませんので、家族の顔に当たらないタイプの技でお願いします。


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